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2005.12.31

ホジルト旅行記 五日目

午前中は大工仕事でした。午後から、小学校の新年のお祭りがあると言う事でお呼ばれ。

生徒の父兄が集まってきます。みんな馬で来るので駐車場ならぬ駐馬場が混雑。
Parking

モンゴル馬は大変忍耐強く、飼い主が戻ってくるまでテコでも動きません。ちなみにこのとき気温は-25℃位。
Patient horse

学校に入ると、天井にこんな飾り付けが。切り文字は「新年おめでとう!」と言う意味です。まだ明けてないけどね。
Happy New Year!

(多分)一人だけの先生と生徒達。みんな着飾っています。
Newyear party

こんな感じで子供達が歌を歌います。えらいかわいい。
Sing a song!

サンタクロース(羊の毛のヒゲをつけてデールを着ています。赤くない…)から良い子にプレゼント。
Santa Claus

なんと、我々もプレゼントを貰いました。今年一年良い子にしていたからか。かなり嬉しい。
Present

一時間半位でパーティーは終わり、子供達もかえって行きます。やっぱり足は馬。
On the way to the home...

遠くの山の方まで帰るんだそうです。
Where will you back?


んで、夜は大人のパーティーで村人に酒を飲まされ、各自へろへろになったのでした。

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2005.12.29

ホジルト旅行記 四日目

この日も朝から晩まで大工仕事。建築隊員の一人(モンゴル名 スヘー)が風邪引いて休みました。ここでこじらせて肺炎とかになると洒落にならないので、極力無理はしない方向で。明るい内は働いて、暗くなったら寝る。単純だけど正しい生活だと思いました。

村内の交通手段は徒歩か馬。
Horse man

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ホジルト旅行記 三日目

さて、この日から本格的に大工作業が始まります。9時半、子供達が学校に行ってから、寄宿舎の廊下の壁の張りなおし。丸太組みの壁に角材を打って、発泡スチロールの断熱材を挟んで、コンパネを張って密封性を良くします。元の丸太組みでは、隙間にコケを詰めてあるだけなので、かなり断熱性が上がるのではないかと。

…なんて偉そうに書いていますが、僕が大工仕事をきちんとできるわけも無く、同行した建築隊員二人が主に板を切ったり釘を打ったりして、僕は主に発泡スチロールをカッターで切っていました。17時半くらいになると暗くなって作業できなくなるので、そこで終了。村に一軒だけの店でアルヒ(モンゴルウォッカ)を買って来て三人で飲みました。とはいえ、夜が長いので21時には就寝。

日中はこんな感じ。自動車がいないのと、風がほとんど吹かないので、音がしません。
Tree and log

さっきの木の枝先はこんな感じです。空気中の水蒸気が凍り付いてゆく。
So cold...

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2005.12.28

ホジルト旅行記 二日目

8時起床。パンと水と釘を買って10時頃出発。今日は240km、6時間の予定です。

ボルガン市街を出るとずっとこんな感じ。対向車は全くいません。
No oncoming car

たまに対向羊が。
Sheep on the road

またひたすら走り、15時半ホジルト着。広い谷あいに丸太小屋が20軒ほど。電気、水道は無く、水は川の氷を切り出して、鍋で融かして作ります。今はそんなに寒い感じはしない(-20℃位かな?)けど、二月には-45℃まで下がるとか。ここにこれから10日ほど滞在します。

村内風景その一。左奥に見えるのが小学校の寄宿舎で、ここの壁を直しに来ました。我々三人が泊まるのもここです。
Xojilt village

村内風景その二。真ん中の丸太小屋の前に積んであるのが、飲料水用に川から切り出してきた氷の塊。大変な作業だと思います。
Log cabin

小屋を覗いてみました。すると…
What inside of this cabin...

こんなものが。
What!?
なんなんでしょうね…

朝、昼、晩と三食出してもらえます。大体こんな感じ。(米orパスタ)*(汁気がある、ない)*(チャナサンマハ(肉の塩茹で)が入っている、いない)で、全部で8通りの食事。後々チャナサンマハで苦労する事に。
Dinner

この日は到着しただけで、先の寄宿舎の部屋で寝ました。暖房は薪ストーブ。火がついている間は暖かいですが、二時間おき位に薪を追加しないといけません。本来子供が暮らしているところなので、建物の管理をしている人が、一晩中火が絶えないようにしてくれていました。おかげで、寒くて寝られないと言う事はありませんでした。

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2005.12.27

ホジルト旅行記 一日目

年末年始は、ロシア国境に近いボルガン県テシグ村ホジルトで過ごす事になりました。建築隊員二名が小学校の修繕に行くので、それの手伝いに行くのです。とにかく寒い所らしいので、荷物の大部分は衣料品。パンツ、Tシャツ、長袖下着、モモヒキ、靴下沢山、薄いフリース3枚、ダウンベスト、皮ズボン、膝丈のコート、雨具、毛糸の帽子、マフラー、目だし帽、手袋二枚。でも結果的には、村に滞在した10日間着替えなかった(!)し、部屋の中は15℃位あったので、持って行ったものの半分も使いませんでした。

さて、午前10時、JICAの四輪駆動車で出発。今日はゴルワンボラク村を経由して、ボルガン県の県都まで行きます。約8時間の予定。長い…

途中の食堂で昼食。僕は車酔いしやすいのでノゴトイシュル(野菜スープ)だけ。でも、野菜といいつつ肉もたっぷり入っているのはここがモンゴルだから。
Restaurant

走る事5時間、ゴルワンボラク村に到着。同上してきた村落開発隊員はここで降ります。写真は村役場。彼女はこの建物の中の一室に住んでいます。職住近接。
City hall of Golwanbulug village.

二時間ほど村に滞在してから再び車中の人となり、走る事約3時間。ボルガン県の県都につきました。ここには隊員が3人暮らしています。別の街(飛行機で三時間!)から来た人も含めて日本人7人が集まったので、ちらし寿司等作って頂いてパーティー。今日はここに泊まり、明日いよいよホジルトに入ります。

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2005.12.22

少し早いですが

Merry Christmas & Hapy New Year!!

年末年始は田舎に行く予定なので、しばらくネットが使えなくなります。一月中旬には戻ると思います。その前にもネットが使えれば適宜更新すると思いますが。

今年は、生まれて初めて海外で生活を始めました。結構エポックメイキングな事だと思うんだけど、実際に暮らしてみると、日々は淡々と過ぎていきます。もちろん生活の場がウランバートルという大都市で、後ろにJICAという後ろ盾があるからなんだけど、思ったよりもあっけなく暮らしているなあ、というのが9ヶ月過ぎての実感です。去年の「退職」=>「協力隊合格」=>「日本縦断ツーリング」=>「派遣前訓練」の方が大騒ぎだったし、もっと言えば5年前に一年かけて日本一周した時の経験が、今の自分にとっては大きいように思います。まあ、何年か経った後に、このモンゴルでの経験が大きく意味を持ってくるのかもしれませんが…

ともあれ、後から振り返ったときに「良い経験だった」と言えるように、日々を過ごしていきたいと思います。来年も宜しくお願いします。

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2005.12.18

再び愛を運んでみる

前回楽しかったのに味をしめて、もう一度JICA関係者で孤児院の慰問に行ってきました。我がギター倶楽部では一番上手い人が帰国してしまい、ほぼ素人集団と化しているのですが、この際演奏の巧拙はあまり関係ないですな。もう、声がデカければいい、みたいな感じです。二回ともウケているのは、幼稚園教師隊員がモンゴル語に訳したカレーライスの歌。「こぶたぬきつねこ」の曲に載せてカレーライスを作って食べる、という歌ですが、子供も一緒になって歌えるのがいいみたい。一時間程子供達と遊んで(遊ばれて?)、時期的にクリスマスプレゼントを(サンタさんから(・∀・)!)渡して、最後に夜空のムコウを歌って帰ってきました。今回も楽しかったなあ。


孤児院はウランバートル市外縁部にあります。中心部から車で15分くらい。
Express sympathy, second.

笑顔で迎えられるとほっとします。
Express sympathy, second.

この子に、あやとりを教えてもらいました。教えたんじゃありません(・∀・)
Express sympathy, second.

言葉が判らなくてもできるゲームは、便利なものだなあと思います。
Express sympathy, second.

外はゲル地区と呼ばれる貧困地域。中心部とは随分風景が違います。距離にして数キロなのに。
Express sympathy, second.


こうやって単発で慰問に行く事の是非は、いろんな意見があると思います。僕としては、自分がやっていて楽しいし、施設の子供も楽しんでくれた、今はその事だけで十分なのではないかと思っています。子供達との「また来てね」という約束を果すためには、同じ所に何回も行く事になるだろうし、それを繰り返すうちに「単発のイベント」というものから次第に形を変えていくのではないだろうかと。

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2005.12.16

金曜は沖縄の日?

そんな事もないんですが。なんとなく先週に続いて沖縄風料理など。

ソーメンチャンプルー。麺の太さ的には冷麦チャンプルーかな。肉はひそかに馬肉です。モンゴル人は馬肉を食べませんが、カザフ人は食べるらしい。モンゴル語の先生はカザフとモンゴルのハーフなので「おいしいから食べてみて」と言ってました。これは馬肉を燻製してあるKAZという食材なんだけど、酒のつまみとかにいい感じ。近所のスーパーで売っています。
Sohmen-champlu

生の香菜(シャンツァイ)と煮干し。たったこれだけなのに、なんとなく東南アジア風になりますな。こっちでは葉物の生野菜が食卓に登る事は無いし、魚も出ないからねぇ…
Cilantro

ほんのちょっとだけ残っていた泡波を飲みながら、氷点下20℃の夜はふけてゆきます。

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2005.12.15

天気予報

ある日のテレビより。一番上がウランバートル。最低気温-25℃、最高気温-15℃というのを見て「暖かいなあ」と思うようになりました。ホント。

Weather forecast

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2005.12.13

再び語学学校にて

教科書の文例から。

状況:
外出している間に家にお客さんが来る予定なので、弟にお客さんの相手を頼んでいる姉。

弟:なんていう人が来るの?
姉:チョローンさんです。
弟:チョローンさんが来た時、靴を脱いでもらう? うちの床がよごれちゃうよね?
姉:靴を脱がせてはいけません。絶対ダメです。床が汚れるのは関係ないです。床は掃除すればきれいになるけど、人の心を汚してはいけません。

…靴を脱がすのは、その人の心を汚す事になるようで。弟を必死に説得する姉。


「モンゴル人にとって、靴ってそんなに大事なの?」と先生に聞いた所、「私達は別に気にしないけど、田舎の人とかは気にするかもね」だとか。馬に乗るには靴が大事だからかなあ?
日本人にとっては家に入る時に靴を脱ぐのは当然ですが、脱がないのが当然という人達もいるんですな。確かに、田舎のモンゴルゲルだと靴は脱がないなあ。家の中で子山羊がおしっこしたりするので(春先、寒い時期に生まれた子山羊は、生後数日はゲルの中の地面がむきだしの所で暮します。人間の寝床に山羊がおねしょする訳じゃないんで、念の為)

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2005.12.10

ホーショール作り

知り合いの日本語教師の家で、学生がホーショール(モンゴル式焼き餃子)を作るというので、途中から見に行きました。

まず小麦粉をこねて皮を作ります。これは中国式と同じ。
Making Xooshool

肉は牛肉。細かく刻んで玉ねぎのみじん切りと混ぜたらしい。
Making Xooshool

餡を皮で包みます。かなり平べったい。
Making Xooshool

沢山作りました。
Making Xooshool

フライパンで、多めの油で揚げます。
Making Xooshool

ホーショールとじゃがいものサラダ。結構ごちそうかも。
Making Xooshool


私は手を出さず、モンゴル人の女の子三人が全部作ってくれたのですが、とても手際が良いのが印象的でした。

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2005.12.09

オキナワンナイト

日本人の知り合いが泡盛飲みに来るかも。という事で、すっかり沖縄気分だったのだが、とても忙しいみたいでキャンセル。しかし盛り上がった沖縄気分は衰えず、一人で飲む事に。沖縄風料理という事で、にんじんしりしりなどつまみつつ、飲む。ニンジンを薄く切って炒めて、最後に卵でとじるだけ。簡単ですな。あとモンゴルで作れそうなのはソーメンチャンプルーくらいかな。友達はタコス作ってたけど、あまり気合のいる料理は大変なのでやらない。なにしろ挽き肉作る所から始めないといけないのだから…
という事で、泡盛、飲んじゃいました。ゴメンネ>つっきー

Carrot with scrambled egg.

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2005.12.06

ケムい

寒くなったので、空気が汚なくなってきました。UB市街の外縁の方は、ゲル地区といって上下水道、暖房が入っておらず、暖を取るために石炭を燃やしているので、煙が凄いんですな。激しい時は、遠くが霞んで見えない位。寒さとあいまって、朝、外に出ると喉が痛いです。昔、司馬遼太郎がモンゴルを訪れた頃はUBも空気がきれいで、それでもなおかつ「田舎に住んでいる人はウランバートルの空気は流動体だという。これが流動体ならば、東京の空気は固体だろうか」というような文章を書いているのですが、今となっては東京のど真ん中の方がよっぽど空気がきれいです。田舎に行くと全く状況は違って、紀元前から変らないような澄んだ空気が待っているのですが、ウランバートルはいろんな意味で大都会なんですね。

そうそう、最近写真が少なくなっていますが、あまりの寒さに外で写真を取る気力が無いのです。日中でも-15℃くらいなので。そういう事で、すみません。

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2005.12.05

歓送迎会

新隊員が来るかと思えば、二年間の任期を終えて帰っていく人もいます。土曜日はそんな人たちの歓送迎会がありました。こちらに来てから人を送り出すのは二回目。今回の隊次までは、あまり日ごろお付き合いが無かったのですが、次回15-3からは日常的にお世話になっている人達が帰ることになります。出会いと別れは人の世の常とは言え、やはり寂しいですね。
いつの間にかこちらに来て8ヶ月が経ちました。初めての海外生活にドキドキしていた最初の頃の気持ちはどこへやら。漫然と過ごす日々に焦りを感じ始めてもいます。

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2005.12.01

文化の違い

協力隊の次の隊次が来て、我々も新人から中堅どころになってきましたが、相変わらずそんな事とは全く関係ない話題を。

未だにモンゴル語は「右、左、真っ直ぐ」位しか言えないので、語学学校に通っています。前半30分は会話で、後半は入門者向けのモンゴル語会話集みたいな本を読んでいます。今日の内容は。


状況:
ゴビ地方(モンゴルの南の方。かなり田舎)の会社の一室。面接に来た女と人事担当の男が話している。二人は初対面。

男:誰の紹介で来たのですか?
女:ゴビ地方で働いてみたかったので、自分の意思で来ました。
男:自分の意思で?頭おかしいんじゃないの?
女:大丈夫です。
男:考えなおした方がいいよ。ゴビで働こうと思って来る人なんて、この20年で初めて見たよ。驚いた。アル中だった?
女:違います。酒は飲みません。
男:結婚していますか?
女:いいえ。
男:なぜ?離婚したの?
女:結婚しませんでした。
男:ウソでしょう。子供の養育費を支払えなくて逃げ出してきたんじゃないの?...怒ってる?
女:怒ってません。
男:本当ですか?悪い所が無い人なんていないんだから。泥棒をしてませんでしたか?嘘を良くついていたんじゃないですか?
女:いいえ。


..............( ゚Д゚)ポカーン
いや、日本で面接の時にこんな事言ったら訴えられますから。
でも、モンゴルではこういう会話はあたりまえらしいんですな。細かいニュアンスまでは判りませんが、大意は間違っていない筈。

私:「…………(あまりの内容に言葉が出ない)」
先生:「どうしたの?」
私:「いや、日本じゃこんな事絶対言わないから…モンゴル人は普通にこういう会話をするの?」
先生:「うん。別に普通(私が何故驚いているのか理解できない模様)」

まあ、こういう文化なのでしょう。日本とモンゴルとどちらが優れているとか、そういう価値判断はできませんね。でも、やっぱり日本人の私としては、こういう文例が教科書に堂々と載っている事に驚いたのでした。ただ、自分が日常的に話をしているモンゴル人がこういう話し方をするとはとても思えないなあ。語学学校で勉強していても、モンゴル語には意外と敬語表現が多いなあと思ったのですが…
とりあえず、アールツティのアイスを食べた時以来の衝撃を受けたのでした。

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