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2006.01.26

ツァガーンサルその他もろもろ

しばらく更新が滞っていますが、ここしばらく自宅のネットが使えず、今日は大学で更新作業をしています。今週末はツァガーンサル(モンゴルの旧正月)で、学生は休みに入っているため学内は閑散としています。モンゴル人にとっては盆と正月が一緒に来るような物らしく、準備で忙しく仕事どころではないようです。ということで、自宅のネットが修理されるのは来週末以降になる見込み。またしばらく更新出来ないと思いますがご容赦下さい。

今週の月曜日は、先生方のスポーツ大会(バスケット)&卒業式でした。同じ日にやるのもどうかと思いますが… 大体学部対抗のようですが、僕のいる部屋は大学全体の管理部に相当するので、チーム名はザヒラル(管理とか社長とかの意)。なんと、去年の優勝チームだそうです。第一試合は楽勝。まあ、僕は出てないんですが。というか、みんなヤケに上手。素人の動きではない。ウランバートルではバスケのゴールがいたるところにあって、夏にはみんな夜遅くまで遊んでいます。それでみんなうまくなるのかな。野球、サッカーよりもバスケットの方がモンゴルではメジャーみたいですね。

Basket ball match

さて、試合が終わって部屋に戻ると、今試合をしていた若い同僚が背広に着替えています。どうしたの?と聞くと「今日卒業式なんだ」と。というか、君は学生だったのか!?(ちゃんとフルタイム働いている人なんだけど)。こういう、学生がそのまま大学で働いているのって良く見るパターンなんだけど、半年近く一緒に働いていたのに彼ら二人が学生だとは知らなかった…

Congratulation!!

夜はバスケの決勝トーナメント。今回残念ながら優勝は出来なかったのですが、24チーム中三位になりました。たいしたもんだ。


という事で次の更新は二月初め以降だと思います。皆さん、良いお年を。

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2006.01.17

クリック募金

僕の配属先はモンゴル国立科学技術大学インターネット接続センター。モンゴルの学校の中では(多分)破格のお金持ちで、普段仕事している分にはほとんど日本との違いは感じません。ウランバートルでも、自宅と大学を行き来するだけでは、あまり貧困を意識する事はありません。先日行ったホジルトにしても、物は少ないにしても、日々の暮らしに困っているという風ではありませんでした。でも、最近ギタークラブで孤児院訪問をしたり、孤児院で働いている隊員の活動を見せてもらったりして、何か継続的にできる事がないかなあ、と思い始めていました。

そんな時に、グアテマラにいる知り合い(と言ってもお会いした事は無いのですが)のブログで見つけたのがクリック募金。

上のバナーをクリックすると、企業が慈善事業として行なっているNPOへの寄付のページに飛び、そこで一回クリックすると一日一円が企業から各NPOに寄付されるという仕組みです。クリックした本人が支払うわけではありません。地味な活動に見えますが、募金の実績を見ると、月間の寄付額は300万円を越え、2002年からの累計寄付額は5000万円を越えています。お金があればいいというものでは無いですが、お金があればできる事もたくさんありますよね。

という事で、このブログの左下の方に、クリック募金サイトのバナーを張りつけておきました。興味のある方は見て頂ければ幸いです。アフィリエイト(広告)を張るよりは、気分がいいかな。

そんな事を書いていたら、昔、ワールドビジョンのチャイルドスポンサーシップで養子にしていたケニアのステファンの事を思い出しました。こちらは、特定の一人の子供に対して、その子供のいる地域開発の為に継続的に寄付を行なうというものです。二年間支援していて、その間何回が手紙のやりとりをしました。当該地域の自立が可能になってプロジェクトが終了するという事になり、退職して協力隊に応募した事もあって僕の寄付は終わったのですが、今頃どうしているかなあ。もう中学生くらいかな。

国際協力とか、貧困対策とか、おおげさに考えなくても、今PCの前に座っているだけでできる事もいろいろあるんですよね。このブログはあくまでも僕の近況報告であって、雪が降ったとかアイス食べたとか、しょうもない事しか書いていませんが、僕の日常を通してモンゴルという国が日本にいる皆さんにとって身近になれば良いなあ、と思っています。

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2006.01.16

アイスクリーム

ウランバートルは相変らず-20℃以下の日々が続いているわけですが、アイス大好きなモンゴル人の為に今でもお店ではアイスを売っています。僕はまだ見た事ありませんが、露天の市場では段ボール箱にそのままアイスを入れて売っているとか。寒いから融けないんですね。田舎ではもっと過激で、冬しかアイスを売っていない店があるらしいです。ある日本人が「どうして夏にアイス売ってないの?」と聞いたら「融けちゃうじゃない」との答が。説得力がある…

てなわけでアイスを買って食べました。部屋の中もそんなに暖かいわけじゃないんだけどね。ロシア製は結構おいしいです。チョコ味しか無いのが残念…
Icecream

ちなみに今日の晩御飯はチャーハン。パラパラのチャーハンを簡単に作る技を教えてもらったので、嬉しくて何回も作っています。
Chao Fan

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2006.01.14

旅行記脱稿

ホジルト旅行記、書き終わりました。ここから入って、ページ右上のリンクを辿っていって頂ければ良いと思います。旅の後半、デジカメの充電ができなくなって写真が少ないのが残念。また夏に行きたいなあ。

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2006.01.13

雪景色

朝起きると一面の雪景色。一晩で結構な量の雪が降ったみたいです。相変らずの超パウダースノーで、足で蹴ると何の抵抗も無く雪が飛び散ります。雪だるまや雪合戦はできないみたい。

語学学校の前にて。後ろが勤務先の科学技術大学です。
Snow coverage

スフバートル広場もこの通り。
Snow coverage

モンゴル人は、凍結した道は滑って移動します(本当)。歩道の真ん中には、滑るための道ができています。
Snow coverage


ホジルト旅行記は地道に執筆中ですが、なにしろ二週間の長い旅行だったので、しばらくかかりそうです。

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2006.01.08

少し遅いですが

明けましておめでとうございます。
年末年始、二週間の旅から無事帰宅。-40℃の村で、大工の手伝いをしてきました。
今朝の寝台列車でウランバートルに着いたので、今日はバタバタ。旅行記はまた後程アップします。また多少日付が前後する事になると思いますがご了承下さい。
今年もよろしく。

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2006.01.07

ホジルト旅行記 十三日目

さて、今居るのはボルガン県都。ここから僕の家のあるウランバートルまで帰らないといけません。ここまではJICAの車で移動してきたけど、ここからは一人旅になります。まずは鉄道の駅のあるエルデネットまでタクシーで移動。まず客を集めるのに一時間。普通の乗用車に後部座席4人載せて6人乗りで走る事一時間強。僕は何故か助手席に乗せてもらったので、快適な旅でした。

初めて辿りついたエルデネットはこんな所。ロシアとの結び付きが強く、鉱山で成り立つ街です。
View of Eldenet city

街を見下ろす展望台にいたら、小学生のお子様軍団に遭遇。何人だ、どこから来たんだ、働いているのか、結婚しているのか等々質問の嵐。外国人がめずらしいんでしょうね。考えてみればホジルトの子供達とあまり年はかわらない筈だけど、都市で暮している子供はものおじしないのかな。ウランバートルに帰ってから、学校宛に写真を送りました。日本の絵葉書も入れておいたから、喜んでくれるといいな。
Eldenet city

先に書いたように、エルデネットはロシアとの結び付きが強い街です。その為か、
こんなのや
Marcks at Eldenet city

こんなのや
Lenin at Eldenet city

こんなのが。
Piroshki and borscht at Eldenet city

ボルシチは、たまに自分で作るのとほぼ同じ味で、レシピを知らずに適当に作っていた身としては嬉しかったのでした。ピロシキもウランバートルで売ってるのより具が多くておいしかった。この大きさで一個200T(20円)。

なぜか椰子の樹が。
Palm tree in northern city

太陽が低い事もあって、北国の街という印象を受けました。でも、ウランバートルより人と車が少ないせいか、空気がきれいで空が澄んでいます。短い滞在でしたが、エルデネットという街は結構気に入りました。
Eldenet city


さて、エルデネット-ウランバートル間には夜行列車が走っています。先のレーニンが書いてある建物で切符を買って、街から車で10分の駅へ。
Eldenet railway station

寝台列車です。この時期は客が少ないらしく、四人用の個室を一人で使えました。ちょっとリッチな気分。
Take 12 hours trip...

エルデネットからウランバートルを経由して、国境の街ザミンウドまで行くらしい。北京-モスクワを結ぶ国際列車も走っています。夏には鉄道で北京まで行く予定です。
img_4854

食堂車も着いていますが、僕は個室で持ち込みのピロシキを食べました。ビールも買っておけばよかったなあ。
img_4856

夕方6時にエルデネット発、翌朝6時にウランバートル着。冬なので、最初から最後までずっと真っ暗なのが残念でした。夏なら10時過ぎまで明るいので景色も楽しめるのにな。でも、混みそうですね。


そんな訳で、1/8の朝、無事にウランバートルに到着。約二週間の旅は無事終ったのでした。-40℃と聞くと結構びっくりだけど、思ったより寒くなかったのが実感です。しかし、冬も良かったけど、夏にも行ってみたいなあ。

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2006.01.06

ホジルト旅行記 十二日目

ホジルト滞在11日。ついに帰ります。

十日間暮した小学校と寄宿舎。夏にまた来たいなあ。
Elementary school

ボルガン県都までは再び車で六時間。途中、峠にオボーがあったのでお参り。オボーというのは、峠にある石を積み上げた塚で、旅の安全を願ってオボーの廻りを三回廻りながら石を投げるという習慣があります。
Walk around OBOO

夜八時にボルガン着。プロジェクトリーダーの家に泊まり、肉を使わない料理をたくさん食べました。和食って偉い。

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2006.01.05

ホジルト旅行記 十一日目

日中は大工仕事。明日の昼には帰るので、暗くて手元が見えなくなるまで(他の二人は)働いていました。私は高校の演劇部以来の照明係。その甲斐あって、なんとか今回の予定の部分は終ったようです。ホジルト最後の夜なので、先に教頭から貰った魚をNさんが料理して魚汁。たいへんしょっぱかったのですが、連日のチャナサンマハに痛めつけられた体には、魚の味が染み込むようでした。しかし、その直後再びボーズ50個が届けられ、T君壊れる。

村のすぐ裏は白樺林。冬もいいけど、夏に来てみたいですね。
3minute walk from village

小さな樹氷。乾燥しているためか、あまり成長はしないのかも。
Silver frost

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2006.01.04

ホジルト旅行記 十日目

9時起床。日中大工仕事。18時終了。就寝。

…まあ、これだけでは何なので。

12時の外気温、-36℃。夜は-40℃になったそうです。村人の話だと、二月には-45℃になるとか。
-36 degree Celsius at noon

村唯一の雑貨店。酒を買ったりトイレットペーパーを買ったり、お世話になりました。めったに開いてなかったけど。
Shop

そういえば、この店のおばちゃんが、ボーズ50個持ってきてくれたのはこの日だったなあ。普段温厚なT君が「困るんですけどっ!!」と切れたのでした。ありがたく受け取って、ビニール袋に入れて隣の部屋へ。翌日にはしっかり冷凍されていました。

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2006.01.03

ホジルト旅行記 九日目

毎日の食事は、村の方で出してくれます。先に書いたように、だいたい同じ味付けで油たっぷりの米orパスタなのですが、この日あたりから、それにチャナサンマハ(肉の塩茹で)が加わりました。骨付きの牛肉を茹でた物なのですが、これが日本人には厳しい… いくら噛んでも飲み込めない。同行したNさんによれば、羊肉のチャナサンマハはもっと軟かくておいしいらしいのですが、そういえば、この村では羊の肉は出なかったなあ。んで、晩飯を食べながらT君がボソっと一言「辛(つら)い」。食事が辛いというのは、厳しいよなあ。

いや、とても歓迎してくれているのは判るのですが…


このへんから写真もネタ切れです。なにしろ充電できなかったのと、予備で持っていった乾電池は-30℃の寒さのおかげで一瞬で電池切れになってしまう。日中は大工仕事しているのと、夕方の光の加減が良いのとで、日暮れ時の写真が多いですね。
Long shade

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2006.01.02

ホジルト旅行記 八日目

ホジルトに来て一週間。-30℃も、ろうそくの灯りも、水が無いのも、もはや日常になりました。本当は太陽電池とバッテリー、昇圧器があったので、電灯とデジカメの充電はできた筈なのですが、大晦日にはどちらも壊れました。デジカメの充電ができないので、この後は写真があまり無いのが残念です。唯一、連絡用の衛星携帯だけはバッテリーから直接充電できたので、緊急時の連絡だけはできました。

水を運ぶ(?)少女。子供がよく働きます。
Working girl

夕方は毎日こんな感じ。
Sunset

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2006.01.01

ホジルト旅行記 七日目

さて、新年明けて一日目。元日かつ日曜日というのに、する事が無いので働くか、という事に。この日あたりから大変寒くなりました。廊下で壁を打つ作業をしているのですが、気温は-15℃。
At corridor where we do carpentry

途中でちょっと抜けて外でお散歩。-30℃以下ですが、風が吹かないので意外と暖かい。目出し帽をかぶっていると、顔も痛くなくて良いのですが、吐く息で眼鏡が曇る、というか凍る。寒い所では眼鏡は辛いですな。
Full view of xojilt village

教頭先生に魚を貰いました。川は凍っているので、穴釣りをするらしい。マスの一種だと思います。大きさが判りにくいですが、50cm位はあります。穴釣りでこの大きさとは…
Naturally frozen fish

夜は教頭先生の家にお呼ばれ。ボーズ(モンゴル風肉まん)を大量に頂きました。モンゴルではお祝い事では常にボーズ。ボーズ。ボーズ。まあ、不味いものではないのだけど、50個とか出されてもねぇ。

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ホジルト旅行記 六日目

大晦日。昨日までの予定では「年内は働いて、その分正月はきちんと休もう」と言っていたのですが、大晦日の朝起きてみると、妙に皆の動きが鈍い。昨日の夜飲まされたアルヒ(酒)が残っているんですな。日本から通信販売で買ったおせち料理を持ち込んでいたので「まあまずは中身のチェックを」とか言って箱を開けたが最後、そのまま宴会モードになってしまいましたとさ。

右の方に積んであるのがおせち料理の無菌パックの束。こういう物を作り出す日本人って偉い。まんなかは紅白なます。昨日のアルヒで痛んだ胃に染み渡りました。

昆布巻き、鱈の甘煮、帆立貝の煮物。なんか、普段のおせち料理とイメージが違うのですが。
Osechi

なんと鯛のお頭付きまであるのだ。ロシア国境近くの、水道も電気も無い村だとは思えませんな。でも、この感動は日本に住んでいる人には伝わらないんだろうなあ…
Banquet


…まあ、唯一の問題は、今日がまだ大晦日だって事かな。


せっかくなので、泊っていた部屋(小学校の寄宿舎の一室)を紹介しましょう。十畳位の部屋に男三人。同じ位の大きさの隣の部屋には、子供達が8人。我々が部屋を取っちゃったんですね。ベッドが三台置いてありましたが、我々は床に寝袋をしきつめて寝ていました。日本人的にはその方がラク。
Our room

入口の扉。開けると寒い(廊下は-15℃位)。右側に見えるのは洗面器と手洗い用の水入れ。水道は無く、水は氷を融かして作るので貴重品です。
Our room

壁にはこんな垂れ幕(?)が。なんて事はない装飾品ですが、後で工事の為に剥したら、とたんに部屋が寒々しくなった。室内装飾って必要なんですね。
Our room


そんなこんなで、この日一日は全く働かずダラダラと過しました。まあ年末だし。年越しソバもきっちり食べました。そばツユが無いので、おせち料理の汁を集めて塩で味を整えて、なんとなく日本っぽい味にはなった。一年の締め括りにふさわしいのではないかと。まあ、おせちを先に食べている時点で何かまちがっていますが、ここはモンゴルだし。

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